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ライフプラン

【ラ】山崎元さん著「がんになってわかったお金と人生の本質」を読んで

本書は2024年1月に食道癌で逝去された山崎元さんの遺作です。商社、銀行、証券会社と転職を続けた著者の、死の直前まで積み重ねた思索の果実がふんだんに盛り込まれています。私のようなチンピラが大変僭越なのですが、今回は山崎さんの最新作を読んだ感想などをお話させて頂きたいと思います。気付きが多く、とにかく勉強になる本です。是非、多くの方に手に取ってほしいです。

まず、著者は自身の経験に基づき、「がん保険はやっぱり要らなかった」と、がん保険不要論を展開します。著者はステージⅢの食道癌に罹患し、抗がん剤治療を2クール(2週間×2)行ったあと、手術を実施。計40日の入院を強いられます。著者が仕事の関係で個室を選んだため結構な費用が発生しましたが、この特殊要因を除けば自己負担額は約75万円とのこと(健康保険の高額療養費制度を適用)。さらに、著者は東京証券業健康保険組合に入っていたので、同健保の付加給付で月2万円を超える自己負担額が払い戻された結果、最終的に自己負担額は14万円程度に収まります。
(尚、付加給付の制度は国民健康保険や協会けんぽにはありませんが、高額療養費の制度は各健康保険に備えられています。)

著者は自己負担額が75万円程度であったことから治療費は貯金で楽に間に合うとして、がん保険の保険料を毎月支払うよりも、貯金なり積立投資で早く何百万円かの蓄えを作ることを考えた方がいいと言います。しかし、著者はここで重要な指摘をします。癌治療で最大のコストは、治療費の他にあるというのです。それは機会費用です。癌治療の期間、著者は多くの仕事を断っており、本来であれば獲得できていた収入を治療に伴う費用として認識する必要があるということです。これを一般のサラリーマンのケースに落とし込んでみますと、会社を休業したり就業時間を短縮するといったことになると思います。結果として給料の減少に繋がる話です。

余り知られていないかもしれませんが、がん保険が担う機能には「治療費の補填」の他に、治療期間中の「収入減少の補填」があります。がん保険には診断給付金(一時金)や治療給付金等の給付金がありますが、これらは「治療費の補填」機能だけでなく「収入減少の補填」機能を担っています。私は後者の機能も考慮すれば、がん保険の存在意義を認めることができると考えます。
(本書の中で、著者が死亡保障の保険として紹介している「所得保障保険」は、正しくは「収入保障保険」という生命保険商品です。それとは別に「就業不能保険」などと商品性の近い保険に、「所得補償保険」という損害保険商品があります。)

次に、著者は「守銭奴型FIRE」に疑問あり、として若くして引退できる金融資産形成を目指す人生戦略を批判します。そして、人生にあって「楽しむ能力」が最も大きい貴重な時期に十分なお金を使わないことは「もったいない」と言えるのではないか、と付け加えます。しかし、私はFIREの問題は、そういうことではないと思います。若い方がFIREを目指す理由の多くは、会社に隷属していたら身も心も破壊されるから。会社に骨の髄まで搾取され尽くす前に自衛手段としてFIREに進む、ということだと理解しています。私はFIREを目指す若者に、オルタナティブ(代替策)を提示する用意がありません。

最後に著者は、私の頭をハンマーで殴ってくれました。昔話ですが、バブル崩壊の傷跡も生々しい1991年、証券会社の損失補填問題が発覚します。これはバブル崩壊で証券会社が営業特金(※1)で預かった顧客資産に穴を開け、その損失を違法に補填していた問題です。第三者委員会の調査を通じ、証券各社には行政処分・業務改善命令が下されました。ただ、同様の違法行為を行っていたのは証券会社だけではなかったのです。営業特金と似た商品が信託銀行にありました。ファンド・トラスト(※2)、通称ファントラと呼ばれるものです。ある人物が信託銀行がファントラで顧客利益の付け替えをやっていると内部告発したため、社会党の議員が国会で質問するという事態になりました。当時、私は某信託銀行に勤務していましたが、銀行中が上へ下への大騒ぎとなったことを覚えています。

本書の中で著者があの時の内部告発者であると告白しています。著者は当時、住友信託銀行のファンドマネージャーであったとのこと。しかし、著者の告発にも関わらず、本件は黙殺されます。銀行が利益の付け替えをやっていたとなれば、社会的批判は証券会社の比ではありません。大蔵省銀行局長と自民党有力政治家の間で握りつぶすことが決められたようです。結果、著者は信託銀行を後にし、外資系運用会社に転職することになります。

あの時の内部告発者はあなたでしたか、山崎さん。この一件が山崎さんのその後の人生に大きな影響を与えたことは想像に難くありません。金融商品の運用の仕組みを分析して落とし穴を発見したり、手数料無料の証券会社のからくりを見破ったりと、山崎さんは個人投資家のために資産運用業界の裏側に潜む悪と対峙してきました。山崎元さんの勇気に敬意を表しつつ、ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

(※1)企業が証券会社に余剰資金の運用を一任する信託商品。通常の特金では委託者たる企業が運用指図をするが、営業特金では証券会社が運用指図する点が特徴的。特金は本来実績配当の商品であるが、証券会社は顧客企業に利回りを保証し、損失が生じると損失補填を行っていた。
(※2)企業が信託銀行に余剰資金の運用を委託する信託商品。顧客は大まかな運用方針を指示するだけで、実際の運用は信託銀行の判断で行う。本来実績配当の商品であるが、営業特金同様、利回り保証や損失補填の存在が疑われた。






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不動産

【不】リスクと不確実性

米国の経済学者、フランク・ナイトは数学的に確率判断が可能なものを「リスク」、数学的に確率判断ができないものを「不確実性」、といって区別しました。そして、企業活動において「リスク」は費用であり、「不確実性」こそが利潤の源泉だと考えました。今日、投資で一般にリスクと言われるものの中には、ナイトのいう「リスク」と「不確実性」が混在しています。

代表的な投資である不動産投資と株式投資について考えてみましょう。
不動産投資は、物件購入から売却までの賃料収入と売却損益、借入れに伴う元本と利息の返済、空室や滞納の発生よる損失、管理費や修繕費、募集広告費、固定資産税や都市計画税、所得税等の税金、減価償却費といった収入と支出のキャッシュフロー・シミュレーションを叩き台に行います。各支出項目の変動はある程度予測可能であり、ナイトの分類では「リスク」に該当します。不動産投資の本質は、アップサイドを追求することよりも、ダウンサイドを抑制する「費用の極小化」にあります。借家法に守られた借家人を相手に、賃料の値上げを交渉するのは限界があります。しかし、空室を埋めるとか、修繕費用を安く抑えるといったコスト面での大家の汗かきは、パフォーマンス向上に地味に効果を発揮します。(尚、ここでいう不動産投資とは、値上がり益=キャピタルゲインを狙うタイプではなく、賃料=インカムゲインを狙うタイプの投資をいいます。)

一方、株式投資ですが、20年~30年といった長期目線での投資の場合、投資先の企業の業績が将来どうなっているかは、ほとんど予測不可能です。当然、株価の変動も予測不能であり、ナイトの分類では「不確実性」に該当します。(※) 株式投資の本質は、アップサイドを果敢に取りに行く「利潤の極大化」にあります。私は、複数の投資先企業の中から倒産する企業が出ても気にしません。テンバーガーの企業が1社でも出てくれば帳消しにできるからです。長期の株式投資には損益シミュレーションが成立する余地はなく、不確実性の低減策は(時間と銘柄の)分散だけです。株式投資に関しては、膨大な書籍やブログ、ユーチューブ動画等がありますが、いずれも長期投資には役に立ちません。愚直な積み立て投資こそが、唯一の正解となります。
(※)短期では株価の変動は正規分布に従うとの前提を置くことが一般的です。この場合は、株式の変動は「リスク」に該当します。

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保険

【保】医療保険との正しい付き合い方

【グラフ1】は日本人の生涯医療費の発生状況を、年齢層別に記したものです。男女合計ベース平均では、生涯で一人当たり2,700万円の医療費(3割の自己負担分ではなく10割の全体分)がかかりますが、その50%は70歳以降に発生しており、さらに年齢層が上がるにつれ医療費が増加していることが分かります。(医療費が85歳以降で減少に転じるのは、平均寿命を超えたところで死者数が増加するため。)今回は、このあたりの事実を踏まえたうえで、医療保険との正しい付き合い方について考えてみたいと思います。

【グラフ2】は終身平準払いの医療保険について、保険会社に支払われる保険料と保険会社が支払う保険金(給付金)の推移をイメージしたものです。横軸は被保険者の年齢、縦軸は保険料・保険金の金額となっています。保険料は平準払いのため年齢を問わず一定ですが、保険金は被保険者の加齢とともに、特に70歳以降急速に増加しています。ここでは、契約者=被保険者=保険料負担者=保険金受取人、とします。契約者にとって保険料は支出、保険金は収入に該当します。年間収支は、契約者が若年~中年期(ア)においてマイナスが続き、高年期(イ)になってやっとプラスに転じます。

このような特徴から言える医療保険との正しい付き合い方は、以下の通りです。
①(ア)の領域では、なるべく早期に医療保険を解約する。(例えば、会社に入社後の数年間、医療費の負担が厳しい時期に限定して加入。給料が上がったら早々に解約し、以後は健康保険の高額療養費制度等で対応する。)
②(イ)の領域では、医療保険の解約はなるべく避ける。

しかし、実際は多くの若年期の方が、ダラダラと惰性で医療保険を継続しています。そして、逆に高年期の方が、保険料の負担が厳しいからと解約されるケースが多いです。これでは若年~中年期に積み立てた保険料を放棄して保険会社に”寄付”するようなもので、保険会社の思うつぼです。高年期まで頑張って医療保険を継続されてきた方は、何とかそのまま医療保険を掛け続け、人生100年時代・超高齢期にかけて急増する医療費の負担に備えて頂きたいと思います。医療保険が効果を発揮するのは、これからです。

もう一つ注意したいワードがあります。「保障の最新化」です。昔入った医療保険が時間の経過とともに陳腐化し、保障内容が最新の医療とミスマッチになってきたため、既存の契約から最新の医療保険に乗り換えることをいいます。この場合、既存契約は解約となりますので、今まで払ってきた保険料は保険会社に”寄付”し、現在の年齢で再計算した”割高”な保険料で最新の保険に入り直すことになります。これは契約者にとってダブルパンチの痛手です。「保障の最新化」は保険会社がさかんにセールスしてきます。契約者にとって確かにメリットはありますが、それ以上にデメリットを負担することになります。契約にあたっては、慎重な判断を求めたいところです。

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株式

【株】日経平均 VS NYダウ

このチャートは平成バブル前の1983年から2023年までの日経平均とNYダウの推移を重ねたものです。(日経平均は円、NYダウはドル) ご覧の通り、左側半分では両者は大きく乖離した動きとなっており、平成バブルが異常な値動きであったことが分かります。当時、日経平均のPERは、何と60倍を超える水準にありました。また、東京都の山手線内側の土地の価格でアメリカ全土が買えると言われるほど、地価も異常な値上がりをしました。しかし、リーマンショック後の2009年頃から、日経平均とNYダウは歩調を合わせた動きになっています。このことは、平成バブル崩壊後の「失われた20年」で、平成バブルで形成された日本株の異常なバリュエーションが国際標準に収斂していったことを意味しています。(国際標準のPERを15倍とすると、日経平均は60÷15=4、つまり4分の1に下落する必要があったことになります。)

一方、NYダウは2000年以降、たびたび経済ショックに見舞われていますが、平成バブルのような極端な下落とはならず、堅調な上昇を続けています。これが国際標準の株価の動きだとすれば、割高感を払拭した日経平均も今後は極端な下落は避けながら、長期的な上昇カーブを描くことが期待されます。もうひとつ、NYダウのチャートから見えてくるものがあります。それは、1983年当時から1995年頃にかけての株価の上昇です。チャートでは目盛りの関係で確認しにくいですが、この間に株価は約5倍に上昇しています。一般にはIT革命(1995年頃)以降のNYダウ(やナスダック)の好パフォーマンスを喧伝する向きが多いですが、それ以前の期間(※)においてもNYダウはキッチリ上昇しています。 国際標準のポテンシャルからすると、株式は10年~20年の時間があれば、特段の技術革新がなくても5倍程度には上昇するものなのかもしれません。
(※)IT革命前、1980年代から1990年代にかけての米国経済は、決して順調なものではありませんでした。

もちろん、1929年の世界大恐慌クラスの経済ショックが起きたら、多くの企業は倒産し株価はゼロになります。その場合、銀行も連鎖倒産を免れないので、銀行預金も紙屑となる可能性大です。国債や現金通貨の価値も暴落します。安心なのは金(ゴールド)や宝石の類いですが、50年や100年に1度の大恐慌に備えて、全財産を金に投資することが果たして正しい選択でしょうか? 大恐慌が気になる方は、想定される恐慌の発生確率に応じ、資産の一部を金に投資しておけば十分です。そして、当面必要な流動性を確保したら、あとは株式等に投資するのがスマートな個人投資家の姿だと思います。

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保険

【保】生命保険買取サービス

2024年7月11日にマネックスグループ(株)は、子会社のマネックスライフセトルメント(株)が生命保険買取サービスを提供開始した、とプレスリリースしました。同社はこのサービスを通じ、「がん患者の経済的な悩みの解決を支援しQOLの向上を目指す」、としています。私は最初この報道を目にしたとき、てっきり、がん保険の買取サービスが始ったのだと思いました。私が働いている保険代理店は、いわゆる第三分野のがん保険と医療保険をメインに取り扱っており、がん保険の買取ができたらお客さんに喜んでもらえます。一方で、掛け捨てのがん保険の買取価格なんてどうやって計算するんだろうと、疑問に思いました。そこで、プレスリリースの資料や同社のHP等を見ているうちに、買取サービスの対象は死亡保険(終身保険だけ? 定期保険は対象外?)のみで、対象となる被保険者もステージⅢかⅣで5年生存確率が50%以下のがん罹患者に限定されることが分かってきました。

同社はサービス提供の背景を、「これまで、がんに罹患された方が生命保険を継続することが難しくなった場合は、生命保険を解約するしか選択肢はありませんでした。そこで、当社では生命保険契約を解約返戻金よりも高い金額で買い取ることにより、がん患者の皆様がより有利な金額で保険を手放すことができるよう、本サービスの提供を開始しました。」と説明しています。
がんの治療には保険適用外の先進医療が効果を発揮する場合がありますが、医療費の負担が厳しい方は泣く泣く治療を断念せざるを得ません。そんなとき、生命保険を買い取ってもらうことができれば、治療が可能となることもあるでしょう。標準治療でやれることは全てやり切り、なお僅かな可能性に賭けて先進医療に命を託すがん患者。ただ、買取価格は患者が生き残る可能性が低ければ低いほど上がるのです。何とも皮肉な仕組みです。

死亡保険には、ふつう追加の保険料は不要で、「リビングニーズ特約」という特約をつけることができます。これは被保険者が余命6ヶ月と診断されたとき、死亡保険金の一部または全額を生前に受け取れるものです。生前に受取ったお金の使途に制限はありませんし、税金も一切かかりません。(ただし、使い残した分は相続税の課税対象となります。) そこで一見、リビングニーズ特約に入っていれば、生命保険の買取は不要と思われます。しかし、余命6ヶ月を宣告されるまでの状況になく、治療による寛解・延命の余地がある場合は、生命保険買取サービスを利用するニーズが生じます。尚、買取サービスで受け取ったお金には、一時所得として所得税が課税される点に注意が必要です。

結局、このサービスの本質ですが、①治療費や生活費が不足するがん患者(及び家族)に生命保険の買取を通じ流動性を提供する、②解約返戻金<買取価格<死亡保険金の関係を利用し患者・買取会社の双方がメリットを享受する、の2点だと思います。(※) しかし、患者死亡後に保険金が受け取れなくなる家族にとっては微妙な部分もあります。その点については、保険買取契約締結の前に、家族などの主要な関係者に同意書の提出を求めることで対応するようです。
最後に、このサービスは生命保険買取を謳っており、保険契約の売買のように見えますが、現状日本では保険会社の同意なしに契約者の変更はできません。一方、受取人の変更は通知のみでできる旨法律で定められており(商法675条1項)、同サービスでは患者から買取会社への受取人の変更で対応するとしています。(尚、簡易生命保険では保険者の同意なく契約者の変更が可能です。)

(※)買取会社は患者の死亡後、保険金受取人として死亡保険金を受取ります。つまり、「死亡保険金-買取代金」が同社の利益となります。死なない人はいないので、買取会社は低リスクで利益を獲得することができます。保険買取によるキャッシュアウトと、死亡保険金受取りによるキャッシュインのタイムラグがビジネス上のリスクといえますが、キャッシュインが先行する企業年金の買取ができるようになると、安定したビジネスモデルとなるでしょう。













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閑話休題

【閑】柔よく剛を制す

私のサラリーマン人生は今年で37年になりますが、そのほとんどを営業の仕事に費やしてきました。それもお偉いさん(管理職)ではなく、現場の担当者としてです。営業ですから、当然結果を求められます。どうしたら成果を上げられるか。ない知恵を絞って色々と考えました。若い頃は「当社サービスをご利用いただくと、こんないいことがありますよ」的な、お客様の業務改善に繋がる提案を心懸けました。でも、大抵のお客様は、「お宅のサービスがうちにとってプラスになることは分かったけど、オレ、今忙しいんだよ。悪いけど、またにしてくれる。」といった感じで、スルーされることがほとんどでした。担当者様では埒があかないからと、部長様や課長様のところへ話を持って行くと、担当者様から「何で上に話を持って行った! オレは今忙しいと言っただろ!」と、きついお叱りをいただくのが常でした。

ヘタレな私は、社内でも上司からよく叱られました。他人に叱られるというのは、実に不愉快なものです。あるとき、私は気付きました。上司に叱られて不愉快なのは、取引先の担当者様も同じはず。だったら、担当者様が上司から叱られないようなお手伝いができれば、担当者様も当社サービスの採用に協力して下さるのではないか。例えば、私が担当者様の会社にダメージを与える可能性のある事案をご指摘し、当社サービスを使った対応策をご提案できれば、担当者様も喜んで動いてくれるのではないか。なぜなら、会社にとってダメージとなる事態を事前に回避できる手立てがありながら、担当者様の怠慢で放置したことが分かったら、あとから担当者様は上司に厳しく叱責されるはずだからです。(これはいわゆるマッチポンプというやつです。)

そのときから私は悪魔になりました。私は様々な業種の取引先を担当していましたが、その業界で、あるいはその取引先で先々災いとなりそうなネタを、毎日目を皿のようにして探しました。法律の改正、マーケットの変化、競合の動向、地政学的リスク等、環境の変化に伴うネタはいくつもあります。目に付いたネタがいかに取引先のダメージとなるか。そして、当社のサービスがいかにダメージを極小化するか。この流れをストーリーにまとめたら、あとはプレゼン資料に落とし込むだけです。(※)
(※)資料イメージ:①外部環境の変化→②取引先への影響→③当社サービスを使った対応策の提案→④効果検証(シミュレーション)

サラリーマンにとって、会社の利益への貢献度を評価される期待よりも、会社に生じた損失の責任を追及される恐怖の方が、アクションを起こす動機付け効果は大きいようです。私が指摘する事案がどれほど会社にダメージを与えるか、ダメージの程度を私が強調するほど、当社サービスを採用いただける可能性は高まります。私は取引先の危機を煽り立てる、忌まわしい悪魔でした。

私は高校で少しだけ柔道をやっていました。柔道には「柔よく剛を制す」という言葉があります。相手の態勢を”崩し”、相手の力をうまく利用すれば、体格の小さな者でも大きな相手を投げることができることを言います。私の営業では、当社のサービス内容を説明する前に、環境の変化により取引先がいかにヤバい状況にあるか、担当者様にご理解いただくところが”崩し”に相当します。自社のヤバい状況を理解した担当者様は、私が営業でプッシュするまでもなく、ご自身で前のめりになって当社サービスの採用に動いて下さいました。どれだけ当社サービスの品質が優れていても、それだけでは担当者様の「今オレ忙しい」の一言で終わりです。担当者様に危機感を共有いただき、「オレがさぼっていたことが課長にバレたらマズい」と思っていただければ、その時点で商談は成立したも同然です。




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株式

【株】2024年前半を振り返る

2024年前半は、私にしては珍しく出入りの激しい?半年となりました。そこで、一度売買の状況を振り返っておきたいと思います。私は3月末で会社を定年退職するに伴い、前職のときから毎月積み立てていた企業型確定拠出年金(DC)を解約し、キャッシュ化した資産をNISAに移換して日本株を購入するつもりでした。DCではずっと日本株インデックス投信で運用していましたが、年明けから日経平均株価がまさかの急騰を演じたので、1月中旬に34,500円近辺でインデックス投信を売却しました。(①) 売却のタイミングについては、上記チャートでご覧のとおり最悪です。
日本株の購入原資は、DC資産と会社の退職金を合わせた600万円と、インフレ対策として預金から米国債に移すつもりだった500万円です。

DC資産を売却したまではよかったのですが、その後も日経平均は高値を更新し続け、下落の気配はありません。しかし、DC資産が私の口座に着金するまでの間に、さすがの日経平均も雲行きが怪しくなってきました。買いの準備が整った4月中旬以降、私は37,000円を当面の下値目途とし、38,000円割れの水準から買い下がることにしました。(②) このとき、ダイキン工業小松製作所メイテックの3銘柄を購入しました。そして、日経平均がさらに37,000円を割り込めば、追加の買いを入れようと思っていました。

GWには神田暴威の為替介入があり、円安もいよいよ終りかと思いましたが、僅かに円高に振れたのも束の間、気が付けばもとの円安に逆戻りです。私は、1ドル145円で4%クーポンの米国債を買う当初の計画を撤回し、高配当の国内株の購入に方針転換しました。でも、日経平均は大きく下落することもなく、私を嘲笑うかのように38,000円と39,000円の間を行ったり来たり。ここで私の悪い癖が出てしまいます。押し目を待つことができず、5月中旬にAGCヤクルト本社(③)、6月中旬にホシザキ三菱HCキャピタル(④)を購入してしまいました。

結局、2024年前半に購入したのは、インカム狙いの高配当株として小松製作所、メイテック、AGC、三菱HCキャピタル。地元企業応援としてホシザキ。そして、キャピタル狙いの逆張りで買ったダイキン工業、ヤクルト本社です。売買タイミングはチャートでご覧のとおり、褒められたものではありません。ただ、これから10年、20年と長いお付き合いをお願いする相手としては、文句のない布陣が揃ったものと自負しています。(本当はMS&ADも買いたかったのですが……。上がってしまい買えませんでした。)

2024年前半の投資結果だけ見ると、私は今の相場にガンガンに強気だと思われるかもしれません。しかし、それは”我慢”の二文字を知らないお馬鹿の手許に、たまたまキャッシュがあったからに過ぎません。私は長期的には日本株はデフレ脱却期待を背景に上昇すると見ていますが、短期的には10%~20%程度の下落はいつあってもおかしくないと思います。

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株式

【株】祝! TOPIX最高値更新

2024年7月4日、東証株価指数(TOPIX)はバブル期の1989年12月18日につけた最高値(引値ベース)2884.80を34年ぶりに更新しました。市場関係者からは、東証の資本効率化改革への期待感の高まりとか、企業の第1四半期決算の結果先取りとか、トランプさんの再選を意識とか、色々な声が上がっていますが、いつものことですが本当のところは分かりません。ただ、日本株の上昇トレンドの底流に、デフレ脱却への期待があることは間違いありません。

日本企業の低生産性、経営者のアニマルスピリットのなさ、設備投資への消極的スタンス。家計の貯蓄性向の高さ。日本経済低迷の原因とされてきたこれらは全てデフレと繋がっています。海外から見れば、日本企業や家計のこういった行動は、特殊で非合理的なものに映ることでしょう。しかし、デフレを前提とすると、実は合理的であることが分かります。物価が下がり続ける世界、そして金利のない世界は、凍り付いた静の世界です。それがバブル崩壊後の日本経済の姿でした。そんな環境で生き残るためには、無駄なエネルギーは使わず、ひたすらじっとしていることが合理的な選択となります。

皆さんは、以前お話した世界最長寿の動物:ニシオンデンザメを覚えておいででしょうか。北極海の深海に生息するニシオンデンザメというサメの仲間は、何と500年以上も生きることができるそうです。ニシオンデンザメは、なぜこれほど長生きなのか。それは、ほとんどエネルギーを使わずに生活しているからです。
バブル崩壊後の日本は、まさに北極海の深海のような状況であったと言えます。縮み続ける凍えた市場を前に、投資を拡大する企業経営者はいません。海外に進出するか、さもなくば内部留保を積み上げた方が賢明です。家計も資産をキャッシュか預貯金で保有する方が得策であったといえます。

しかし、デフレ脱却とともに、日本経済は長年の呪縛を解かれることになります。物価が緩やかに上昇する世界、金利のある世界。そこは、動の世界です。企業経営者はアニマルスピリットを発揮し、積極的に設備投資を行って生産性の向上を図ります。家計も物価の上昇に負けないよう、預貯金を取り崩してリスク資産への投資を拡大するでしょう。

日本経済、復活。





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保険

【保】保険から投資へ

第一生命経済研究所は6月27日付けのEconomic Indicators資金循環統計(2024年1-3月期)の中で、「1-3月期の家計からの投資信託受益証券へのフローは3.5兆円のプラス。……現預金のフローは▲9.2兆円であり、一見すると現預金から投資信託へ資金がシフトしたようにみえるが、これは12月のボーナスが年始以降に支出されるなどの季節性によるところが大きい。むしろ目立つのは投資信託への流入拡大に対応して生命保険フローのマイナスが拡大している点。……家計は、「貯蓄から投資へ」というよりは「保険から投資へ」資金を動かしている。」と分析しています。
(チャート出所:第一生命経済研究所6月27日付けEconomic Indicators)

新聞や雑誌、ネット等は新NISA、オルカン一色であり、私は政府の意向どおり「貯蓄から投資へ」の流れが進行しているものと思い込んでいました。実際は「保険から投資へ」であったと知り、保険屋のオヤジとして大ショックです。ただ一方で、前職・前々職で銀行や証券会社を経験してきた身としては、「さもありなん」の思いもあります。

当ブログでもたびたびお話してきましたが、保険は万一のリスクに備え、低コストで資金を確保できる非常に優れた商品です。ただ、保険における低コストとは、保険事故の発生確率が低いタイプの保険商品に関する、高いレバレッジ効果(※)のことをいいます。そのため、発生確率の高い病気やケガ、介護、長寿といった事象を保険事故とする保険商品(医療保険、介護保険、年金保険等)は該当しません。
(※)「万一の場合に支払われる保険金÷払い込まれた保険料」のこと。保険料に比べ保険金が大きいほど高レバレッジ、低コストとなります。掛け捨て型の定期(死亡)保険や自動車保険、火災保険等の損害保険が該当します。

また、一般的なコストとして保険会社に支払う報酬についても考慮する必要があります。保険商品には医療専門職による被保険者の健康状態のチェック等、他の金融商品にはない業務領域が存在するため、保険商品の報酬は他の金融商品に比べ割高となります。終身保険や養老保険、学資保険等の貯蓄型といわれる(資産運用を兼ねた)保険商品は、(純粋な運用商品である)預貯金や投資信託よりも高い報酬を負担しなければなりません。

このあたりの事情は従来から専門家には認識されていましたが、今ではSNS等での情報発信により一般の方々も知るところとなりました。充実した公的な健康保険制度があるので、民間の医療保険やがん保険には無理に入らなくてもいいとか。運用と保障を兼ねた貯蓄型の保険はやめて、運用は投信、保障は掛け捨て型の保険と分けて入ろうとか。若い世代を中心に、スマートな保険商品との付き合い方が広まっているように感じます。「保険から投資へ」。保険屋のオヤジとしては憂慮すべき事態ですが、一国民としては歓迎すべきところなのかもしれません。

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不動産

【不】もし10億円あったら

最近あるFIRE系ブログを見ていたら、「もし10億円あったらどんな運用をするか?」という興味深い記事を目にしました。私が10億円なんて大金を手にする可能性は未来永劫0%ですが、たまにはそんな妄想の世界に心を遊ばせてみるのも悪くありません。

FIRE界隈でよく語られるのが、1億円の資産を4%で運用できれば年間400万円の収益を稼げるので、働かなくても生活ができるという話です。その場合、4%の運用は、高配当の株式や投資信託で実現するという設定が多いようです。今なら、為替リスクの分散と高金利が得られる米国債に投資する手もありかと思います。これが、10億円となると、年間の収益は4000万円となります。都心一等地のタワマンに住んで、真っ赤なフェラーリに乗って、週末はクルーザーで東京湾パーティー……。そんな夢のような生活が現実のものとなります。トレビアーン! すいません。ちょっと興奮し過ぎました。

妄想の世界から現実に戻ります。さて、この10億円。はたして、使い切っていいものでしょうか? もし子供がいたならば、子供に資産を残したいという人もいるでしょう。資産を次世代に承継するかしないかで、運用の方向性は大きく変わってきます。次世代への承継を考えた場合、資産運用は資産を増やすという単純なゲームから、資産を増やしつつ同時にインフレや相続のダメージから資産を守るという複雑なゲームへと変貌します。そして、資産規模が大きくなるにつれ、後者の色彩が濃くなります。

野村総研のリポート「日本の富裕層の特殊性」(野村総合研究所 金融デジタルビジネスリサーチ部 2023年)によると、日本の保有資産上位1%の総資産平均は約4億円だそうですが、このうち77%が不動産とのことです。資産規模がある程度以上になると、資産運用の目的はインフレ対策と相続対策が主となり、結果、お金が不動産に流れます。富裕層は運用収益(賃料収入)を狙って不動産投資を行うのではなく、インフレに負けない不動産価格の上昇、あるいは、相続税評価額の圧縮を目的に不動産に投資します。

冒頭のブログ主殿は、10億円の投資対象として不動産を候補に上げていましたが、私は今は一般ピープルが資産増額ゲームとして不動産に手を出すタイミングではないと考えています。なぜなら、不動産価格の上昇によって、足下の利回り水準が低すぎるからです。現在、首都圏の築浅収益物件の表面利回りは、せいぜい4%程度だと思います。ここから、客付けコストや運用経費、管理費、固都税等を差っ引くと、実質利回りは3%程度でしょう。全額キャッシュを投入し、手間暇かけてこの利回りなら、JREITや高配当株の方がよほどましです。

従来は借入れによるレバレッジで利回りを膨張させ、キャッシュ・オン・キャッシュ(CCR)ベースで高利回りを実現するスキームが可能でした。しかし、昨今、金融機関の不動産投資案件への融資スタンスは硬化しています。新築/築浅区分を除き、一般ピープルが借り入れによる不動産投資を行うのは、事実上不可能な状況です。
もし10億円あって単純な資産増額ゲームを行うのなら、日本株と米国株の分散投資が流動性の面からも一番いいように思います。