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閑話休題

【閑】柔よく剛を制す

私のサラリーマン人生は今年で37年になりますが、そのほとんどを営業の仕事に費やしてきました。それもお偉いさん(管理職)ではなく、現場の担当者としてです。営業ですから、当然結果を求められます。どうしたら成果を上げられるか。ない知恵を絞って色々と考えました。若い頃は「当社サービスをご利用いただくと、こんないいことがありますよ」的な、お客様の業務改善に繋がる提案を心懸けました。でも、大抵のお客様は、「お宅のサービスがうちにとってプラスになることは分かったけど、オレ、今忙しいんだよ。悪いけど、またにしてくれる。」といった感じで、スルーされることがほとんどでした。担当者様では埒があかないからと、部長様や課長様のところへ話を持って行くと、担当者様から「何で上に話を持って行った! オレは今忙しいと言っただろ!」と、きついお叱りをいただくのが常でした。

ヘタレな私は、社内でも上司からよく叱られました。他人に叱られるというのは、実に不愉快なものです。あるとき、私は気付きました。上司に叱られて不愉快なのは、取引先の担当者様も同じはず。だったら、担当者様が上司から叱られないようなお手伝いができれば、担当者様も当社サービスの採用に協力して下さるのではないか。例えば、私が担当者様の会社にダメージを与える可能性のある事案をご指摘し、当社サービスを使った対応策をご提案できれば、担当者様も喜んで動いてくれるのではないか。なぜなら、会社にとってダメージとなる事態を事前に回避できる手立てがありながら、担当者様の怠慢で放置したことが分かったら、あとから担当者様は上司に厳しく叱責されるはずだからです。(これはいわゆるマッチポンプというやつです。)

そのときから私は悪魔になりました。私は様々な業種の取引先を担当していましたが、その業界で、あるいはその取引先で先々災いとなりそうなネタを、毎日目を皿のようにして探しました。法律の改正、マーケットの変化、競合の動向、地政学的リスク等、環境の変化に伴うネタはいくつもあります。目に付いたネタがいかに取引先のダメージとなるか。そして、当社のサービスがいかにダメージを極小化するか。この流れをストーリーにまとめたら、あとはプレゼン資料に落とし込むだけです。(※)
(※)資料イメージ:①外部環境の変化→②取引先への影響→③当社サービスを使った対応策の提案→④効果検証(シミュレーション)

サラリーマンにとって、会社の利益への貢献度を評価される期待よりも、会社に生じた損失の責任を追及される恐怖の方が、アクションを起こす動機付け効果は大きいようです。私が指摘する事案がどれほど会社にダメージを与えるか、ダメージの程度を私が強調するほど、当社サービスを採用いただける可能性は高まります。私は取引先の危機を煽り立てる、忌まわしい悪魔でした。

私は高校で少しだけ柔道をやっていました。柔道には「柔よく剛を制す」という言葉があります。相手の態勢を”崩し”、相手の力をうまく利用すれば、体格の小さな者でも大きな相手を投げることができることを言います。私の営業では、当社のサービス内容を説明する前に、環境の変化により取引先がいかにヤバい状況にあるか、担当者様にご理解いただくところが”崩し”に相当します。自社のヤバい状況を理解した担当者様は、私が営業でプッシュするまでもなく、ご自身で前のめりになって当社サービスの採用に動いて下さいました。どれだけ当社サービスの品質が優れていても、それだけでは担当者様の「今オレ忙しい」の一言で終わりです。担当者様に危機感を共有いただき、「オレがさぼっていたことが課長にバレたらマズい」と思っていただければ、その時点で商談は成立したも同然です。