7月30日付けのPRESIDENT Onlineで文筆家の御田寺圭さんは、今回の参議院選挙での参政党の躍進について次のように述べています。「支持層の半数近くが女性であることに驚きが持たれているが、偶然ではない。家庭に入って家事や育児を頑張りたいと思っている女性たちの支持を集めたのではないか。」
引き続き、参政党の躍進に関する御田寺圭さんの見立てです。「子供を産む産まないは個人の自由であるというのはその通りだし、これからも変わらないだろう。しかし、『産む女性』の社会的な尊敬の度合いは急激に上昇し、『産まない女性』のそれを大幅に上回るフェーズが向こう十数年において待ったなしに始る。」「日本の出生数はご存じの通り年々激減していて、それは『社会保障の担い手』の減少を共起している。」「敢えて『産まない』を選択した女性は、今でこそ先進的で精錬された”あるべき女性”の生き方として称賛されているが、そのムードは徐々に陰りを見せていく。」「彼女たちは『稼ぎは自己投資や自己利益のために最大限使い切って、年をとったら産んだ女性の子や孫にカネやリソースをたかって悠々自適な老後を送る気満々の人』という眼差しを向けられる。」「世の中では子育て世帯の女性を中心に『なんで産んだ側の私たち(の子や孫世代)が、産んでいない側の人たちの老後を面倒みないといけないの?』という不満を持ち始めている。」 「参政党はここにある種の”鉱脈”が有ることに気付いていた。」
私は政治の素人なので、御田寺圭さんの見立ての当否を語る資格はありませんが、これらのコメントを読んで気付いたことがあります。それは、産まない女性とFIREをした人には共通点があるということです。産まない女性は将来の社会保障を担う子供を産む負担は無視しながら、一方で老後の社会保障はちゃっかり受取ろうという姿勢が批判の的になっています。産まない女性は、社会保障制度のフリーライダーだというわけです。そして、同様の図式がFIREをした人にも言えるのではないか。FIREを達成したら、労働の一線から身を引く。自ら付加価値を生まず、霞を食べて生きる仙人のように生きる。総合課税の対象となる給与所得や雑所得を基本ゼロとし、分離課税の配当所得で生計を賄い、住民税非課税世帯を目指す。それにより、国民健康保険や介護保険、住民税の負担を極小化する。一方、老後の医療・介護等の社会保障の給付は人並みに受取ることを目指します。これがFIREを達成した人の基本戦略でしょう。産まない女性と同様、社会保障制度のフリーライダーだと目される可能性は十分です。
目下のところFIRE達成者に対する上記のような批判の声をきくことはありません。しかし、産まない女性への批判の高まりに連れ、FIRE達成者への批判の声も顕在化するかも知れません。世間の動勢に注意していきたいと思います。