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【株】「カオスの帝王」を読んで

「カオスの帝王」(スコット・パタースン著、東洋経済)を読みました。帯には、「早くパニックを起こせ!」「新型コロナで”4000%超”ものリターンを叩き出せたのはなぜか」「市場を混乱に陥れるブラック・スワンにいち早く気づき、行動を起こしたものだけが巨万の富を手に入れることができる」と刺激的なコメントが並びます。私が本書を手に取ったのも、経済ショック(ブラック・スワン)の発生を事前に察知し、回りの市場参加者をパニックに巻き込みながら驚異的なパフォーマンスを実現する、そんなアウトローたちのドラマチックなストーリーを期待したからです。しかし、本書の内容は私の予想とは少々違うものでした。(帯の表現はミスマッチです。)

本書は、ウォールストリート・ジャーナルの名物記者である著者が、マーケットの混乱によって利益を上げるというユニークな戦略を取るヘッジファンド:ユニバーサ・インベストメンツ(以下、ユニバーサ)、及び創業者であるスピッツナーゲルとその仲間たちの活躍を描いたノンフィクションです。仲間たちの中には、有名な「ブラック・スワン」の著者:ナシム・タレブも含まれます。
本書には、私が期待した市場参加者を喰いものにするような話は一切出てきません。ユニバーサの投資戦略は、ファー・アウト・オブ・ザマネー(OTMの中でもATMから5つ超、権利行使価格が外側に離れたOTMのこと)のプットオプションを安価に購入し、後はひたすら市場の急落を待つという、極めてオーソドックスなものです。(もちろん、細部には他社が真似できないユニバーサ固有の精錬された高度なノウハウがあります。)そして、株式市場が上昇している間、ユニバーサは損失を出し続けます。ですから、ユニバーサは帯にある「……ブラック・スワンにいち早く気づき、行動を起こした者」には当たりません。まあ、冷静に考えれば、ブラック・スワンにいち早く気付くなんて、神でもない限りできっこないですよね。

ユニバーサの運用報酬がバカ高いのは事実ですが、投資家はユニバーサを採用することで、結果的に割安にポートフォリオのリスク軽減を図ることができます。ユニバーサのテールリスクヘッジ戦略は、S&P500が年率15%以上も下落したときに1500%以上の利益を上げました。これこそが、この戦略のミソです。投資家は保有資産のごく一部(2~3%)を充当するだけで、十分なヘッジ効果を得られます。(1500%×2%=30%>15%) 金や国債、スイスフランといった他のテールリスクヘッジ商品と比べ、ユニバーサのケースでは株式等のリスク資産により多くのキャッシュを充当できます。そのため、ユニバーサの投資家は、上げ相場において大きな利益を上げることが可能です。つまり、上げ相場でも下げ相場でも勝てる(負けない)という、万能なポートフォリオを作ることができるわけです。

本当にそんな夢のような話があるんでしょうか。ちょっと信じがたい気がします。でも、投資においてリスクの低減とリターンの向上は両立する。これがユニバーサの、そしてスピッツナーゲルの主張です。まさに、リスクとリターンはトレードオフの関係にあるとする伝統的なMPTの基本教義を否定する主張です。そして、彼らの主張が正しかった場合は大変なことになります。日本でも多くの機関投資家が、リスクヘッジのためポートフォリオのかなりの部分を国債に充当し、アップサイドを犠牲にしています。それがポートフォリオの2~3%の資産でテールリスクをヘッジできるのであれば、機関投資家はユニバーサのファンドに殺到するでしょう。そして、国内機関投資家の投資戦略は抜本的に見直されることになります。もし、年金基金や生保等の機関投資家が国債を買わなくなったら、と思うとぞっとします。日本の長期金利は暴騰し、円高・株安を通じ実態経済は大きなダメージを受けることになります。
MPTへの挑戦。これが本書の隠れたテーマだと感じました。そして、カオスはブラック・スワンによってではなく、ユニバーサ自身によってもたらされるのかもしれません。

最後に本書のテーマからは外れますが、ウォーレン・バフェットが2017年にバークシャー・ハサウェイの株主に宛てた手紙の内容が本書に掲載されているのでご紹介します。
「秀でた知性も、経済学の学位も、ウォール街の隠語に通じていることも必要ありません」「かわりに投資家に必要なのは、群衆心理による恐怖や熱狂に惑わされず、一握りの単純な基本原則から目を離さない能力です」
さすが、バフェットさん。いいこと言いますね。私たち長期個人投資家も、見習いたいものです。