最近ふとFXのことを勉強したいと思い、FXの個人トレーダーA氏の本をBOOKOFFで買って読みました。A氏は一時カリスマトレーダーともてはやされましたが、その後取引履歴詐称疑惑などがあり、今ではややネガティブなイメージのある方です。
ところで、この本に書かれているA氏のトレード手法はスキャルピングといわれるもので、僅か数秒でエントリーとエグジットを完了する超高速トレードです。相場の方向性にはベットせず、市場で付いている価格の僅かな歪みを捉え収益を積み上げていく手法です。1回のトレードで収益化する値幅はたったの数pips(ドル円なら数銭)。この薄利のトレードを1日に100回~200回繰り返すことで、十分な収益を計上できます。そして、当初の狙いに反し、価格の歪みが修整される気配がなければ、迅速にポジション解消=損切りをします。早期撤退の見極めができるかどうかが生死の分かれ目となります。
私はA氏の本を読み進めるにつれ、妙な既視感を覚えました。なぜだろうと考えるうち、A氏の投資手法が、以前読んだ米国のNo.1ヘッジファンド:ルネサンス・テクノロジーズの活躍を描いた「最も賢い億万長者」(ダイヤモンド社)に書かれていた投資手法とそっくりなことに気が付きました。ルネサンス・テクノロジーズ(以下、同ファンド)は世界的に著名な数学や物理学の専門家たちが考案したアルゴリズムで運用するファンドです。相場の方向性を予測するのではなく、その瞬間その瞬間の相場の値動きをミクロの時間軸に分解し、ライバルたちが見逃す微かな相場の癖や価格の歪み(アノマリー)を見つけ出します。そして、統計的に有意性が確認できたら、超高速回転のトレードを仕掛けます。彼らの取引に相場の上げ下げは関係なく、相場が均衡状態に回帰する過程で収益を計上することになります。1回あたりの取引で計上される収益は僅かでも、高速回転で大量のトレードを行うことで、脅威的な期間収益を安定的に実現します。
A氏も同ファンドも、①相場変動のリスクを基本的に負わない、②相場の歪みを収益源としている、③高速回転トレードを大量に行うことで利幅の薄さをカバーする、④トレードに係るコストの極小化を計っている、⑤相場の潮目が変わり従来の手法が通用しなくなったら迅速に撤退する、という点で共通しています。
因みに、A氏の本が出版されたのは2009年です。「最も賢い億万長者」の出版(2020年)に先立つこと11年です。
ここでもう一人、日本株のカリスマ投資家cisさんにご登場いただきます。彼の投資手法は著書「一人の力で日経平均を動かせる男の投資哲学」(角川書店)に書かれています。トレードの特徴は、①基本的に短期投資、②現時点の相場の値動きからトレンドを読みポジションを取る順張り投資、③損切りは早めに利食いはゆっくりと、④勝率よりもトータル損益を重視、となるでしょうか。私はcisさんの強さは、一般人には知覚できない相場が発する微かな音や匂い(=情報)をキャッチする能力にあるのではないかと思います。ちょっとした値動きの違和感から、仕手筋やインサイダー、機関投資家の動きを嗅ぎつけ、迅速にポジションを取りその動きに乗る。cisさんの本を読んで驚いたのは、市場は私たち一般人が考えるほど効率的でも合理的でもなく、見る人が見たらトレードチャンスが結構転がっているということです。cisさんの鬼の目にかかると、相場の裏側が透けて見えるのでしょうか。
A氏やルネサンス・テクノロジーズと、cisさんの違いは、短期とはいえ相場の上げ下げ(トレンド)にベットするかどうかにあります。FX市場で数pipsを抜くような超高速トレードを、株式市場で個人投資家が人の手で行うのは無理です。従って、株式市場で収益を上げるには、短期間であっても相場にベットする必要があるのだと思います。(もっとも、ルネサンス・テクノロジーズのような大手ヘッジファンドであれば、株式市場においてアルゴリズムを用いた超高速トレードを行うことは可能です。)
今回は、著名な短期投資家をご紹介しました。今日まで私は、投資は長期の時間軸で行うものと信じていました。しかし、A氏やルネサンス・テクノロジーズ、そしてcisさんの投資法を知り、短期の時間軸で行う(投機ではなく)投資もありだと考えを改めました。相場変動のリスクを最小限に抑えたうえでリターンが得られるとすれば、ローリスク=ハイリターンの理想郷が実現することになります。
ただ、短期投資の世界が(投機と同じく)ゼロサムで弱肉強食の世界であることにかわりはありません。理想郷に到達できるのは1割の勝者だけです。短期投資は、他者を凌駕する絶対的なスキルを持った強者が、相場変動のリスクを負わない短期の時間軸でスキル弱者を狩り立て、リターンの総取りを狙うサバイバル戦略です。絶対的スキルを持たないその他大勢は、相場変動のリスクを受け入れ、強者とは次元の異なる長期の時間軸と分散投資でリスクの希薄化を図りつつ、複利効果でゆっくりとリターンを育てていく長期投資の戦略が現実的です。