最近ドル建ての一時払終身保険が売れているそうです。20年経てば(ドル建てで)元本が倍になるとか、損益分岐点が1ドル=70円だとかが売りのようです。この商品は当然ですが、保険といいながら実態は運用商品です。皆さんはこの商品、買いますか?
まず、当商品のセールス文句を検証しましょう。足下では米国20年国債の利回りは3.5~3.7%程度で推移しています。仮りに20年間3.5%で複利運用したとすると、元本100ドルは20年後には100×(1+0.035)^20=199となります。ですから当商品のセールス文句である「20年で元本2倍」は、米国20年国債の利回り3.5%を前提とすれば十分可能と言えます。
次に「損益分岐点1ドル=70円」の検証です。今、足下の為替水準1ドル=145円で100ドルの保険を買ったとします。20年後には倍の200ドルになる計算です。では、このとき、円は何ドルまでの円高なら耐えられるでしょうか。簡単な計算をします。購入時の円建ての保険の評価額は100ドル×145円=14,500円です。20年後のドル円水準を1ドル=A円とすると、20年後の円建ての保険の評価額は200ドル×A円です。ここで購入時と20年後の保険評価額がイコールとなるドル円の水準が円の損益分岐点となります。
14,500円=200A円 ∴A=73円 よって「損益分岐点1ドル=70円」のセールス文句も概ね妥当と言えます。
今、ドル建て一時払い終身保険を買おうと思った貴方、ちょっと、待って下さい。1ドル=70円が損益分岐点ということは、そこまで円高が進んだら20年間の収益はゼロということです。そして、そこまで円高にならずとも、1ドル=145円からいくらか円高になったときの利回りがどれほどか、確認する必要があります。仮に20年後の為替水準が1ドル=130円だったとしましょう。そうすると当初元本の14,500円が20年後には200ドル×130円=26,000円になる計算です。この間の複利利回りは次のように計算できます。(26,000/14,500)^(1/20)-1=0.03 つまり3%です。同様に20年後に1ドル=120円なら2.6%、110円なら2.1%、100円なら1.6%です。このように現下の歴史的円安水準でドル建ての運用を始めた場合、高金利のメリットはその後の円高による為替の差損で減殺される可能性があるということです。
私なら、ドル建て一時払い終身保険ではなく、米国20年国債のストリップス債(※)を購入するでしょう。足下では残存期間22年の米国ストリップス債の利回りは3.6%程度です。なぜ、私は保険でなく米国債を買うのか。まず信用リスクの問題です。保険を購入した場合、私たちは保険会社の信用リスクを引き受けることになります。保険会社が破綻したら約束された収益は失われます。それに対し、米国債の場合、米国が破綻するリスクはほぼゼロです。それから流動性の違いです。保険を中途解約した場合、元本は大きく毀損し当初元本の何分の一しか回収できません。米国債は証券取引所に上場しているので、ストリップス債は短期間で売却が可能です。また今後、金利が低下局面に入ったら債券価格が上昇するので、中途売却することで売却益が期待できます。現下の円安が一層進んだら為替差益も期待できます。さらには、コストの違いです。保険は高コストの商品ですが、米国ストリップス債は証券会社によっては口座管理手数料は無料、為替手数料は片道25銭と非常に低コストです。
このように、米国ストリップス債は収益性でドル建て一時払い終身保険と同等でありながら、信用リスクと流動性、そしてコストにおいて大変有利な商品です。
足下の米国金利高を収益チャンスと考える個人投資家の皆さん。一度投資を検討されてはいかがでしょう。
(※)ストリップス債~利付債の元本部分とクーポン(利子)部分を切り離し、それぞれゼロクーポン債(割引債)として販売される債券のこと。