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【保】がん保険不要論

楽天証券経済研究所客員研究員で経済評論家の山崎元さんが1月1日お亡くなりになりました。山崎さんは「”やってはいけない”資産運用」などの書籍やユーチューブを通じ、個人投資家向けに分かりやすい言葉で資産運用の基本の啓蒙に努められました。65歳という早すぎる死に、心よりお悔やみ申し上げます。
山崎さんはがんに罹患後、がんの治療費の大半を公的医療(健康保険)からの給付で賄うことができたご自身の経験から、がん保険不要論を強く主張されていました。健康保険の高額療養費と、山崎さんが加入されていた健康保険組合の任意給付で、実質的な自己負担は月額2万円程度であったとのことです。

こういう話を聞くと、日本には立派な公的医療制度があるので、わざわざ個人で民間のがん保険に入る必要はないと思ってしまいます。しかし、実際には日本人の約4割の人ががん保険(がん特約を含む)に加入しています。(生命保険文化センター「生活保障に関する調査」/2022年度)これはなぜでしょうか。理由のひとつは、今現在十分な公的医療が受けられても、先々今の水準の給付を受けられる保証はないことです。つまり、公的医療制度の将来不安です。ふたつめは、がん保険はがんの治療費をカバ-するだけのものではないことです。がんに罹患すると、長期に亘って抗がん剤や放射線の治療が必要となるケースがあります。治療のダメージでフルタイムの就業が困難になったり、休業せざるをえなくなったりと、収入の減少は避けられません。その際、がん保険に入っていれば、収入の減少をカバーすることができます。そして、もうひとつ。日本人にはリスクを過大に評価するリスク過敏症(あるいは心配症)とも言うべき性癖があります。がんに罹っても治療費は健康保険で賄えるから大丈夫と言っても、本当にそうか?想定以上に治療費がかかったらどうしてくれるんだ!と多くの日本人は尽きることのない不安に悩まされます。そして、不安を和らげる精神安定剤として、がん保険が必要とされるわけです。

さて、ここからは頭の体操です。目下、政府は新NISAやiDeCoといった税制優遇措置により、国民の2,000兆円に及ぶ金融資産を株式や投資信託に誘導しようと躍起になっていますが、足元でNISA口座を開設したのは国民の20%程度です。業を煮やした政府が法改正して、国民に年収の一定額(例えば年収の2割)の株式を保有するよう義務付けたと仮定します。このとき、何が起こるでしょうか。長期で保有していれば株式は利益を生むはずと政府がいくら説明しても、その言葉を信用する国民はきっと少数です。そして、株式が下落したときの損失を補償する”株式保険”(実態はただの円株プットオプション)を保険会社が発売したならば、多くの国民が購入することでしょう。このとき、株式の下落による損失を”株式保険”でカバーできても、トータル損益は保険料相当だけ確実にマイナスとなります。株式は長期的には上昇していくという政府の説明は正しいのです。それでも確率的には小さな株式下落リスクを過大に評価して、日本人は”株式保険”の購入という非合理的な行動に出るのです。これはがんのリスクに過剰に反応し、本来は不要であるはずのがん保険を購入する日本人の行動パターンと相似形です。

山崎元さんが主張された「がん保険不要論」は、ほぼ正しいと思います。しかし、人間は必ずしも理屈通りに動くものではありません。人間の行動原理の非合理性によって、がん保険は今後も支持され続けるでしょう。