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【株】平成バブルと停滞の30年

まずは、下のチャートをご覧下さい。「Trading view」から拝借してきた1950年以降の日経平均のチャートです。まず目につくのが、平成バブルの際だった山の高さと谷の深さです。ITバブル、リーマンショック、コロナショックでの相場下落が可愛く見えます。それから1980年代半ばを境に、まるで別の商品になったかのように日経平均の値動きが活発になっています。これはどういうことでしょうか。

平成バブルというと決まってジュリアナ東京でお立ち台に立って踊る、超ミニスカートのお姉様方が連想されますが、当時を生きた人間の一人として、日々の生活が豊かになったとか、給料がものすごく上がったという実感は乏しかったように記憶しています。確かに、証券会社の若手社員がボーナスで200万円もらったとか、噂には聞いていましたが、一部業種を除く大方の日本人にとってバブルの恩恵は縁遠かったということでしょう。景気の高揚感ない中での資産価格の上昇。これが平成バブルの特徴かもしれません。従来であれば、景気変動にシンクロする形で株式相場も変動していたものが、2度のオイルショック以降の本邦経済の低成長化により実体経済から乖離した株式市場が、糸の切れた凧みたく独自の力学で動くようになったのが1980年代半ばではないかと考えます。そんな地合のところへ、当局により内需拡大・円高回避を企図した大量のマネーが供給されました。低成長化した本邦経済はもはやマネーを需要せず、行き場を失ったマネーは株式・不動産市場に流れ込んで、閉じた空間の中を高速回転しながら資産価格を非合理的な水準へと押し上げたのです。

平成バブルが形成される過程では景気の高揚感はなく、目立った物価の上昇もありませんでした。実体経済と資産市場の乖離。これが平成バブル形成期の特徴だったわけです。しかし、バブル崩壊後、停滞の30年で起こったことは、皮肉にも資産市場と実体経済の連鎖です。資産市場の暴落による金融機関・事業会社のバランスシートの悪化が実体経済の信用収縮に繋がり、デフレスパイラルに巻き込まれた本邦経済は悪化の一途を辿りました。1997年~98年の金融危機から2003年のりそな銀行公的資金投入までの数年間、我が国はまさに亡国の危機に瀕していたと言っても過言ではありません。ひとつ間違えば、隣国のようにIMFの管理下に置かれていた可能性すらあったのです。

足下の株高をバブルという意見もありますが、上のチャートでリーマンショックによる暴落以降の株価の足取りと、平成バブル形成期の株価の足取りを比較してみて下さい。今回の株高が、何度も立ち止まり、地べたを踏み固めながら慎重に上昇してきている様子が分かると思います。当然短期的な調整はあるでしょう。しかし、それをいたずらにバブル、バブルと煽る姿勢には疑問を感じます。そういう方々には、バブル崩壊が日本国民に如何に甚大な犠牲を強いてきたか、今一度、思い起こして頂きたいものです。