私は今年60歳となり、正社員から契約社員になりました。年収は従前の半分以下に下がりましたが、職務上の責任も軽くなり、ほとんど好き勝手に仕事をさせてもらっています。年収は下がったものの、個人年金と企業年金の支給が60歳から始まるので、株の配当と合わせれば従来の年収なみの水準は確保できます。贅沢さえ言わなければ、毎日の生活に苦労することはないと思います。
今の私は仕事上のストレスはほぼゼロ。生活費は年金と株の配当、そして僅かな給料で何とかギリ賄える。「これってFIREじゃね?」と、ふと思いました。もちろん、私は既に還暦ですし、仕事も辞めていないので、厳密な意味でFIREを名乗る資格はありません。しかし、契約社員=副業と考えれば、かなりFIREに近い状態(※)になっているのではないでしょうか。
(※)サイドFIREというやつです。ただの年金生活者という説もありますが……。
疑似FIRE状態となった4月以降、私の心にある変化が生じました。仕事のストレスがなくなり、お金の心配もほぼなくなったため、私の心は一気に軽くなりました。いや、軽くなりすぎました。そのため、逆に私の心は緊張を求めるようになったのです。人が緊張を感じるには、リスクが必要です。私は心の命じるまま、以前にも増してリスクを取りにいくようになりました。日経平均が40,000円の高値圏にあるとき、私は無謀にも複数の銘柄を買いました。お陰で今は評価損の拡大に怯える緊張の日々です。また、この夏、私は沖に流される可能性のある伊豆の海で、何度も潜りました。そして、今週末、滑落の危険がある中央アルプス宝剣岳に登る予定です。やめときゃいいのにと思われるでしょうが、緊張を求める私の心がそれを許しません。
大昔、ヒトがまだお猿さんだった頃、ジャングルで常に捕食者に狙われていたご先祖様は、大変なストレスを感じていたことでしょう。現代人は、代わりにコンクリートジャングルで、別のストレスを感じながら暮らしています。ストレスは決して体にいいものではありませんが、人間が生きていくうえで欠かすことのできないものかもしれません。だから、今日も私はリスクを求めて彷徨うのでしょうか。
皆さん、覚えてらっしゃいますか? 少し前に、高齢者の家計が2000万円の資産がないと破綻するというので、大騒ぎになりましたよね。いわゆる”老後2000万円問題”ってやつです。報告書を作成した金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」の趣旨はそういうことではなかったようですが、2000万円の数字が一人歩きしちゃったんですね。老後資金は2000万円あれば足りるのか足りないのか。人によって言うことは違いますが、当たり前だと思います。なぜなら、想定する老後生活の水準次第で、必要な金額は変わってくるからです。また、人生100年時代において、増加が見込まれる医療費や介護費をどう織り込むかによっても、結果は違ったものになります。
私は老後に必要となるお金について、ライフプランを立ててあれこれ悩んでも意味がないと思います。そもそも、自分が何歳まで生きるか分かりませんし、医療費や介護費がどれだけ増加するかも想像がつきません。それにインフレによる物価高が加わります。(※1) もう、なるようにしかなりません。ただ、できるだけのことはやっておきたいもの。まず、なるべく長く働き、年金の受給を繰り下げ、企業年金や公的年金の極大化を図る。そして、終身での受け取りが可能であれば、終身年金を選択する。(※2) これらの対応により、”想定外の長寿リスク”はある程度ヘッジすることが可能です。
(※1)①想定外の長寿、②医療費・介護費の高騰、③物価高。これが私が考える老後の3大リスクです。
(※2)公的年金の繰り上げを薦める論者もいますが、長寿リスクへの対応に鑑みれば、もってのほかです。また、株式の運用をしている方は、株式配当も終身年金の原資となります。
悩ましいのが、”医療費や介護費の高騰”への対応です。将来的に医療費や介護費がどれだけ値上がりするかは予測困難であり、ヘッジのしようがありません。できることは、生活費を年金の枠内に収まるよう工夫し、資産の取崩しをできるだけ避けて、資産寿命を自分の寿命いっぱいまで長期化することくらいです。これにより複利効果を最大限活用し、資産の極大化を図ることができます。(もちろん資産が大幅に減少するリスクもありますが……。) 資産を極大化し、医療費・介護費の高騰への耐性を高めておくことが、できる限りの対応だと考えます。
本書は2024年1月に食道癌で逝去された山崎元さんの遺作です。商社、銀行、証券会社と転職を続けた著者の、死の直前まで積み重ねた思索の果実がふんだんに盛り込まれています。私のようなチンピラが大変僭越なのですが、今回は山崎さんの最新作を読んだ感想などをお話させて頂きたいと思います。気付きが多く、とにかく勉強になる本です。是非、多くの方に手に取ってほしいです。
まず、著者は自身の経験に基づき、「がん保険はやっぱり要らなかった」と、がん保険不要論を展開します。著者はステージⅢの食道癌に罹患し、抗がん剤治療を2クール(2週間×2)行ったあと、手術を実施。計40日の入院を強いられます。著者が仕事の関係で個室を選んだため結構な費用が発生しましたが、この特殊要因を除けば自己負担額は約75万円とのこと(健康保険の高額療養費制度を適用)。さらに、著者は東京証券業健康保険組合に入っていたので、同健保の付加給付で月2万円を超える自己負担額が払い戻された結果、最終的に自己負担額は14万円程度に収まります。(尚、付加給付の制度は国民健康保険や協会けんぽにはありませんが、高額療養費の制度は各健康保険に備えられています。)
著者は自己負担額が75万円程度であったことから治療費は貯金で楽に間に合うとして、がん保険の保険料を毎月支払うよりも、貯金なり積立投資で早く何百万円かの蓄えを作ることを考えた方がいいと言います。しかし、著者はここで重要な指摘をします。癌治療で最大のコストは、治療費の他にあるというのです。それは機会費用です。癌治療の期間、著者は多くの仕事を断っており、本来であれば獲得できていた収入を、治療に伴う費用として認識する必要があるということです。これを一般のサラリーマンに当てはめれば、会社を休業したり就業時間を短縮するといったことになると思います。結果として給料の減少に繋がる話です。
余り知られていないかもしれませんが、がん保険が担う機能には「治療費の補填」の他に、治療期間中の「収入減少の補填」があります。がん保険には診断給付金(一時金)や治療給付金等の給付金がありますが、これらは「収入減少の補填」機能も担っています。癌の治療は5年~10年と長期にわたることもあり、その場合、収入の減少は大変な金額となります。私は「収入減少の補填」機能も考慮すれば、がん保険の存在意義は大きいと考えます。(本書の中で、著者が死亡保障の保険として紹介している「所得保障保険」は、正しくは「収入保障保険」という生命保険商品です。それとは別に「就業不能保険」などと商品性の近い保険に、「所得補償保険」という損害保険商品があります。ホント保険ってややこしいですね。)
次に、著者は「守銭奴型FIRE」に疑問あり、として若くして引退できる金融資産形成を目指す人生戦略を批判します。そして、人生にあって「楽しむ能力」が最も大きい貴重な時期に十分なお金を使わないことは「もったいない」と言えるのではないか、と付け加えます。しかし、私は日本におけるFIREの問題点は、そういうことではないと思います。若い方がFIREを目指す理由の多くは、会社に隷属していたら身も心も破壊されるからです。なので、自衛手段としてやむを得ずFIREを選択しているのであって、合理性ある行動だといえます。むしろ問題なのは、未だに人を使い捨てにして平気な日本の企業の方でしょう。
最後に著者は、私の頭をハンマーで殴ってくれました。昔話ですが、バブル崩壊の傷跡も生々しい1991年、証券会社の損失補填問題が発覚します。これはバブル崩壊で証券会社が営業特金(※1)で預かった顧客資産に穴を開け、その損失を違法に補填していた問題です。第三者委員会の調査を通じ、証券各社には行政処分・業務改善命令が下されました。ただ、同様の違法行為を行っていたのは、証券会社だけではありませんでした。営業特金と似た商品が信託銀行にありました。ファンド・トラスト(※2)、通称ファントラと呼ばれるものです。そして、ある関係者が信託銀行がファントラで顧客利益の付け替えをやっていると内部告発したことで、社会党の議員が国会で質問するという事態に発展しました。その頃、私は某信託銀行に勤務していましたが、銀行中が上へ下への大騒ぎとなったことを覚えています。
本書の中で著者があの時の内部告発者であると告白しています。著者は当時、住友信託銀行のファンドマネージャーであったとのこと。しかし、著者の告発にも関わらず、本件は黙殺されてしまいます。銀行が利益の付け替えをやっていたとなれば、社会的批判は証券会社の比ではありません。大蔵省銀行局長と自民党有力政治家の間で握りつぶすことが決められたようです。結果、著者は信託銀行を後にし、外資系運用会社に転職することになります。
あの時の内部告発者はあなたでしたか、山崎さん。この一件が山崎さんのその後の人生に大きな影響を与えたことは想像に難くありません。金融商品の運用の仕組みを分析して落とし穴を発見したり、手数料無料の証券会社のからくりを見破ったりと、山崎さんは個人投資家のために資産運用業界の裏側に潜む悪と対峙してきました。山崎元さんの勇気に敬意を表しつつ、心よりご冥福をお祈りしたいと思います。
(※1)企業が証券会社に余剰資金の運用を一任する信託商品。通常の特金では委託者たる企業が運用指図をするが、営業特金では証券会社が運用指図する点が特徴的。特金は本来実績配当の商品であるが、証券会社は顧客企業に利回りを保証し、損失が生じると補填を行っていた。
(※2)企業が信託銀行に余剰資金の運用を委託する信託商品。顧客は大まかな運用方針を指示するだけで、実際の運用は信託銀行の判断で行う。本来実績配当の商品であるが、営業特金同様、利回り保証や損失補填の存在が疑われた。
FIREを達成した多くの賢人たちが言うように、良き人生とは何にも束縛されず、好きなときに好きなことができることだと思います。人生の最終目標は”自由”だと言っても過言ではないでしょう。しかし、”自由”は簡単には手に入りません。”自由”の前には様々な組織や人が立ちはだかります。そして、そういった邪魔者たちを蹴散らすには権力が必要です。でも、権力を手にできるのは、一握りの運に恵まれた者だけです。では、私たち一般ピープルはどうしたらいいのか。それは、”マネー”を手にすることです。
”マネー”は権力の代わりに、邪魔者たちから自由をつかみ取ってくれます。したがって、人生の最終目標である”自由”を手に入れるための中間目標は、”マネー”となります。では、”マネー”を手にするにはどうしたらいいのか。それは、健康な心と体を維持して仕事に励み、生活費を除いた給料の残りを投資に回す。そして、このプロセスを時間をかけて愚直に繰り返すことです。これが”マネー”を手にするための手段となります。しかし、多くの人は会社から給料をもらったところで「仕事」の後工程を棄権し、「投資」まで進もうとしません。これでは”マネー”を手にすることは叶いません。
もし、あなたが”自由”を手に入れたいと本気で思うのなら、「仕事」の後工程である「投資」まできっちりやり切ることです。
【ラ】大相続時代と資産所得倍増プラン
日本は団塊の世代が超高齢者となる「大相続時代」を迎えようとしています。大相続時代についてMUFG資産形成研究所は1月の月次レポート「資産所得倍増プランの実現に向けて」の中で、「団塊の世代を含む70歳以上の高齢者層に最も家計金融資産が偏在している環境下、年間死亡数が140万人を超える大相続時代を迎えることになります。特に、団塊世代が80歳代に突入する2030年代は年間死亡数が160万人台となり、現在の約145万人から2040年のピークである約167万人へと大幅な増加が見込まれています。」(P15)と伝えています。
政府は資産所得倍増プランの目標として、家計による投資額(株式・投資信託・債券等の合計残高)の倍増を掲げています。足下(2023年9月末)の家計の有価証券投資残高は285兆円ですが、これを570兆円レベルまで持ち上げようというのです。新NISAがスタートしてNISA全体の残高が倍増したとしても25兆円ほどですから、なかなかハードルの高い目標です。そして、さらに目標の達成を困難にするのが冒頭の「大相続時代」です。株式を相続した相続人は、後になって「二重課税」に悩まされることになります。そのため、被相続人(予定者)の多くが相続発生前に株式を売却し、キャッシュの状態で相続する道を選ぶことになります。結果、株式は次世代に受け継がれることなく、家計の有価証券投資残高は減少します。
ここで、相続株式の二重課税の問題についてお話します。(上場)株式を相続した相続人は、相続した株式を相続発生時の時価(※1)を基準に相続税を納めます。そして、何年か後に相続した株式を売却すると、譲渡益(※2)に関し所得税を納めることになります。問題は譲渡益を計算する際の取得費の考え方です。相続人は相続時の時価をベースに相続税を払って株式を取得したわけですから、相続時の時価を取得費(取得原価)とすべきです。しかし、我が国の税制はそうなっていません。なんと、被相続人が株式を取得した時点の価格を取得費とする定めです。
被相続人が何十年も前に株式を購入したような場合、多額の含み益が生じている可能性が高いです。相続人は相続時点の含み益を反映した時価で、既に相続税を納付済です。それなのに、相続人が相続株式を売却すると、改めて相続時点の含み益に所得税を課税されてしまい、大きな経済的ロスを被ることになります。(米国では相続時の時価を取得費とするルールになっています。) 相続税は相続による経済的価値の移転に着目した課税、所得税は資本所得への課税、と税目の体系が異なるから二重課税には当たらない、というのが税務当局の見解のようですが、私には全くの屁理屈に思えます。
(※1)次の価額のうち最も低いもの。①相続発生日の終値②相続発生日の月の終値の平均③相続発生日の前月の終値の平均④相続発生日の前々月の終値の平均
(※2)譲渡益=売却金額ー取得費ー譲渡費用
政府が資産所得倍増プランを本気で実現したいなら、「大相続時代」が始る前に株式に係る相続税と所得税の二重課税を解消すべきです。もし徴収税額の減少が心配なら、現在余りにも優遇されている不動産の相続税を課税強化すればいいのです。その方が相続税制の資産種別間の不均衡も是正されて一石二鳥だと思いますが、いかがでしょう?
【ラ】年の瀬に死について考える
お正月を1週間後に控えた年末に、縁起でもないテーマですいません。
私は来年60歳となります。そろそろ死というものが視野に入ってくるお年頃です。なので、ここらで一度整理しておこうと思った次第です。
私事で恐縮ですが、私の亡くなった祖父は、明治生まれの大変タフな人でした。虫歯になると歯にたこ糸を巻き、もう片方の糸の端を木の幹に巻き付けてから頭を後ろにそらす。そうやって自分で虫歯を抜いていたそうです。(これは私の父から聞いた話です。麻酔なしで歯を抜くなんて、それって拷問だと思うのですが……。我が祖父ながら恐るべし。) そんな祖父が老衰で死ぬ間際、死ぬのが怖いと泣いていたそうです。
死の恐怖は一体どこから来るのでしょう。宗教的な要素を除けば、死に至る過程で感じる精神的肉体的痛みと、人が「生き物」から「モノ」と化すいまわの際の漠とした恐怖感からではないでしょうか。
がんを始めとした疾病に伴う痛みに関しては、昨今緩和治療の進歩でかなり軽減してきているようです。(骨のガンなど相変わらず厳しい痛みを伴うものも一部あります) また、放射線や抗がん剤といった治療の結果生じる痛みもありますが、痛みを伴う治療は敢えて行わないというQOL優先の選択肢を取ることで、その類いの痛みからは解放されます。
さて、いまわの際の恐怖ですが、実は私はあまり心配していません。なぜなら、高齢者となり認知症になってしまえば、恐怖も何も感じないだろうからです。認知症バンザイ! また、運悪く認知症とはならず、クリアな意識の中で死を迎えるはめになっても、いまわの際の正にその瞬間、意識は眠りにつくかのようにフェードアウトし、安らかにくたばることができるだろうからです。私は生き物には安らかに最期を迎えるためのソフトが予めインストールされているはずと、勝手に思っています。
もっとも、健康のため適度に体を動かし(海と山)、お酒の飲み過ぎに気をつけ、楽しく仕事と投資を続けることができれば、当面死を気にする必要はなさそうです。
皆さん、良いお年をお迎え下さい。
【ラ】相続放棄の積極的活用術
日本FP協会の「FPジャーナル10月号」の誌上講座/相続・事業承継設計に、「債務免除だけでない相続の放棄の活用」と題した記事が掲載されています。大変興味深い内容であり、また恥ずかしながら個人的に全く認識のなかった内容でしたので、ここでFP以外の皆さんとも共有したいと思います。
相続の放棄は、被相続人のプラスの財産とマイナスの財産を一切承継しないための方法です。ですから、通常はプラスの財産よりもマイナスの財産(つまり借金=債務)の方が大きい場合に、選択されることが多いと思われます。しかし、それ以外の目的にも、相続の放棄が役に立つ場合があるという話です。
①次順位の人へ相続させたい場合
相続順位を進めたい場合、相続の放棄が効果的です。例えば、父(既に死亡)、母、長男(独身)、次男の4人家族を想定します。父の財産を相続した長男が死亡した場合、子のない長男の相続人は母になります。財産は親(父)→子(長男)→親(母)と世代を行ったり来たりし、母の死後再び子(次男)に戻ってきます。世代往復のたびに税金が発生します。そこで、母が相続放棄をすれば次順位の次男が相続人となり、長男から直に次男に財産を承継することができます。ただし、次男が相続すると相続税の2割加算の対象となることに注意が必要です。
②生前贈与を受けた人が争続を避けたい場合
相続人が特別受益にあたる生前贈与を受けた場合、相続財産に特別受益を加えて(持ち戻して)遺産分割協議を行います。協議の際、生前贈与が他の相続人にバレて、争続に発展する恐れがあります。この場合、相続の発生と同時に相続を放棄すれば遺産分割協議の当事者でなくなるので、生前贈与の事実を他の相続人に知られることなく、争続を回避できる可能性があります。また、相続の放棄をした者が被相続人から遺贈によって財産を取得しなければ、相続直前の贈与であっても持戻しによる課税対象とならない利点もあります。
③遺留分侵害額請求をされたくない場合
遺留分を算定するための財産は、相続人に対する相続開始前10年以内の特別受益にあたる贈与と、相続人以外の者に対する相続開始前1年以内の贈与が含まれます。相続の放棄をした者は相続人以外の者となるので、相続開始の1年以上前に贈与を受けた分については遺留分の算定対象からはずれるので、遺留分侵害額請求を受ける恐れがなくなります。
④その他の注意点
被相続人が保険料負担者=被保険者である保険契約において、死亡保険金は相続財産とならない(保険金受取人固有の財産となる)ので、相続を放棄した者でも受取ることができます。なお、死亡保険金の相続税非課税枠(500万円×法定相続人数)を算出する際の相続人数には相続を放棄した者も含めますが、相続を放棄した者が受取った死亡保険金には非課税の適用はありません。
また、被相続人が被保険者=保険金受取人である入院給付金や手術給付金で未払いのものは本来の相続財産となるので、相続の放棄をする者は決して受取ってはいけません。誤って受取ってしまうと、単純承認したものと見做され相続の放棄ができなくなってしまいます。
ほかに、厚生年金や国民年金の遺族年金や未支給年金についても相続財産に該当しないため、相続を放棄した者も普通に受給することができます。
相続は難しい、といつも思います。そこで、何でこんなに難しいのか考えてみました。たどりついた答えは、「相続は文脈によって意味合いが変わるから」です。相続関連の同一のワードであっても、それが遺言や遺産分割のような法律に係わる文脈で使われるのか、相続税の節税対策のような税金に係わる文脈で使われるのかによって、意味合いが異なってきます。そして、文脈が不明なまま相続の話をすると、聞き手は話し手の意図を理解できず混乱することになります。弁護士や司法書士を訪問する相談者は法律の問題で悩んでいるでしょうし、税理士を訪問する相談者は税金の問題で悩んでいるものと推測できます。しかし、FPの場合は相談者が抱える問題が何なのか様々なケースが想定され、予断は禁物です。相談者の意図を当初の段階で確認しておかないと、誤った情報を相談者に提供することになりかねません。十分に注意したいものです。
それでは、相続に関連するワードの解釈が文脈によっていかに変わるか、実例をいくつか見ていただきたいと思います。
まずは、「相続財産」です。遺産分割の対象となる財産のことですが、例えば、被相続人が被保険者となっている「死亡保険金」は、民法上は「相続財産」に該当せず、遺産分割の対象にもなりません。保険金受取人の固有の財産とされるからです。また、原則、遺留分(※1-a)の対象にもなりません。(※2) しかし、税法上は「死亡保険金」を「みなし相続財産」として「相続財産」に含め、相続税の計算をします。被相続人の死亡に伴い支給される「死亡退職金」も同様で、民法上は「相続財産」に該当しませんが、税法上は「みなし相続残産」として相続税が課税されます。
さらにややこしいのが、「遺族年金」です。厚生年金や国民年金等公的年金の「遺族年金」は、受給権者の固有の財産として民法上も税法上も「相続財産」に該当しません。しかし、企業年金のうち確定給付企業年金(DB)と確定拠出年金(DC)の「遺族年金」は、死亡退職金に準じて相続税の対象となります。同じ企業年金でも厚生年金基金の「遺族年金」は、公的年金に準じ相続税は課税されません。
次は、「遺産分割の期限」です。民法上はいつまでに遺産分割を終えなければいけないか、特に「期限」は設けられていません。しかし、民法の改正で2023年4月より特別受益(※1-b)や寄与分(※1-c)の主張をする場合に限り、相続開始後10年以内に遺産分割を終える必要が生じました。また、不動産登記法の改正で2024年4月より、相続が発生し不動産の所有権を取得したことを知ったときから3年以内に、不動産の登記を名義変更することが義務付けられました。
税法上は、相続が発生したことを知った日から10ヶ月以内に申告し、相続税を納税しなければいけません。10ヶ月以内に遺産分割協議がまとまらない場合、配偶者控除や小規模宅地の特例等の相続税軽減措置は使えません。ただ、相続税申告時に「3年以内の分割見込書」を提出すれば、遺産分割が成立した時点で更正請求を行うことで、遡って特例の適用を受けて納め過ぎた税金の還付を受けることができます。
最後は、「持ち戻し」についてです。民法での「持ち戻し」とは、生前に被相続人から特別受益を受けた人がいる場合、その特別受益を相続財産に加えて遺産分割を行うことをいいます。これにより相続人間の公平を図ることができます。特別受益に時効という概念はありませんので、どれだけ古い贈与であっても、特別受益として「持ち戻し」の対象とすることができます。ただし、遺留分を計算する際の特別受益については、10年以内と期限が設定されています。
また、税法での「持ち戻し」とは、相続発生の直前に行われた生前贈与はその効果が否認され、贈与された財産を相続財産に加えて相続税を計算する制度をいいます。2023年度税制大綱では、「持ち戻し」の対象が従来の相続開始前3年分から7年分に延長されることとされました。(2024年度の贈与から適用。経過措置あり。)
(※1)ここで、用語を整理しておきます。
(a)遺留分:遺贈や生前贈与などに対抗して主張できる、自己の最低限の相続分のこと。
(b)特別受益:遺贈や生前贈与で被相続人から特別な利益を得た人が相続人の中にいた場合の、その相続人が得た利益のこと。被相続人から贈与された住宅取得資金や結婚資金等が該当。遺産分割の際、その相続人の持ち分から控除します。
(c)寄与分:介護等によって被相続人の財産の維持や増加に貢献した人が相続人の中にいた場合の、その相続人が与えた利益相当のこと。遺産分割の際、貢献に応じてその相続人の持ち分に加算にします。
(※2)最高裁の判決では生命保険金について、「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、特別受益に準じて持戻しの対象となると解する」とされています。つまり、保険金受取人の受取る死亡保険金が他の相続人とのバランスを大きく崩すほど多額な場合には、保険金受取人が遺留分侵害額請求の対象となりうるということです。
【おまけ】
もうひとつ悩ましいのが、民事信託(家族信託)と相続の関係です。信託財産は民法上「相続財産」ではないとされており、税法上も信託受益権を「みなし相続財産」として取り扱う旨、規定されています。(「みなし相続財産」として課税されるということです。)そのため、第一受益者に続く第二受益者が信託契約に設定されていれば、第一受益者に相続が発生しても信託受益権は遺産分割の対象とならず、信託契約に従って第二受益者に直接承継されます。ただし、第二受益者が設定されていない場合は、他の相続資産と一緒に遺産分割の対象となります。
次に、信託受益権が遺留分侵害額請求の対象になるかです。かつては死亡保険金と同様、「みなし相続財産」であるから遺留分の請求対象とはならない、とする説が有力でした。しかし、現在では受益者の死亡で移転した信託受益権は遺留分の請求対象となるとする説が有力です。民事信託の信託受益権は、原則、遺産分割の対象とならない点では死亡保険金と同様ですが、遺留分の対象となる点で死亡保険金と異なる点に注意が必要です。
【ラ】現実的なFIREの手法について
世のFIRE本に登場するのは、多くが高給サラリーマンだったりアベノミクス相場に上手く乗った投資家だったりと、私たち一般ピープルの参考になりにくいケースが多いように思います。そこで、今回は現実的な年収や資産運用を前提とした、一般ピープルが再現可能なFIREプランを検討してみたいと思います。
まず、【図1】をご覧下さい。これは一組の男女が22歳から45歳まで正社員として働きながら、給料の一部を投資に回し45歳でFIREを実現。その後、積み立てた資産を45歳から年金支給開始年齢の70歳まで取崩しつつ、70歳以降は公的年金によって終身にわたり生計を維持していく様子を表したものです。
計算の前提ですが、年収については手取りベースで男性300万円、女性200万円、税・社会保険料控除前ベースで男性400万円、女性250万円とします。【表1】をご覧下さい。年齢別(控除前ベース)年収の中位値を記しています。【図1】で22歳から45歳までの(控除前ベース)平均年収を、男性400万円、女性250万円とすることが現実的であると納得いただけると思います。
男性と女性は30歳でカップルとなり、以後、家計を共有するものとします。その場合、家計年収は手取りで500万円ですが、うち300万円(月額25万円)を生活費に回し、残りの200万円を投資に回すとします。30歳から45歳までの15年間で毎年200万円を積み立て年利3%で運用したとすると、FIRE時に運用資産は3,720万円まで拡大します。
年間積立額×3%15年の年金終価計数=総積立額 → 200万円×18.599=3,720万円
次に、この積立金を引き続き3%で運用しながら45歳から70歳までの25年間で均等に取り崩すと、年間取崩額は212万円となります。
総積立額×3%25年の資本回収計数=年間取崩額 → 3,720万円×0.057=212万円
最後に、70歳から受取る公的年金(国民年金、厚生年金)について概算します。まず、国民年金ですが、20歳から60歳までの40年間フルに加入し保険料を支払った場合に満額の78万円がもらえます。本事例では20歳から22歳までの2年間は国民年金に未加入だったとします。また、FIRE後、45歳から60歳までは自己負担で国民年金保険料を支払うものとします。
国民年金=78万円×38年÷40年=74万円
厚生年金は正社員時代の税・社会保険料控除前の年収累計に0.55%をかけて算出します。(概算値)
厚生年金(男性)=400万円×23年×0.55%=51万円
厚生年金(女性)=250万円×23年×0.55%=32万円
したがって、家計の公的年金の合計額は、74万円×2+51万円+32万円=231万円。
さらに70歳まで支給を繰り下げると、 231万円×1.42=328万円、となります。ここから、介護保険料や国民健康保険料が控除されますので、手取りベースでは300万円とします。
これでカップル成立後の30歳から45歳の間と、70歳以降(終身)の期間は年間300万円程度の生活費を確保できることになります。45歳から70歳までの25年間は年間100万円の不足が生じますが、二人でアルバイトやパート、投資等でやり繰りするものとします。
この事例のポイントは、①正社員として厚生年金に加入し老後終身の生活保障を確保する、②カップルとなることで家計を共有し一人あたりの生活費を削減する、③年平均3%の運用を行う、の3点です。このうち、①については2022年10月から社員101人以上(2024年10月からは51人以上)の会社で2ヶ月を超える雇用の見込みがある方は厚生年金に加入することが義務付けられるので、実現のハードルはかなり下がります。②については、FIREの目的を共有できる相手であれば、同性でも構いません。また2人より3人、3人より4人……、のグループの方が効果は大です。とにかく、家計の共有により一人あたりの生活費を削減することが目的です。③については、日本株でも米国株でもいいですがインデックス投信をドルコスト平均法で買っておけば、年平均3%程度の利回りは十分期待できると思います。
問題は月額25万円、年間300万円で生活が成り立つかです。住宅費や子供の教育費を考えると、到底予算は足らないでしょう。足りたとしても、コスト削減最優先の日々に疲れ果ててしまうかもしれません。もし25万円生活が無理なら【図1】のモデルを出発点として、生活が成り立つ水準まで給与や運用で年収アップを図る必要があります。【表2】に年齢別の年間消費支出の全国平均を記していますが、全年齢層で年間支出は300万円を上回っています。
現実的なFIREを考えると、正社員になることは絶対条件です。正社員になれば厚生年金や健康保険の保険料の半額を事業主に負担させることができます。私たち労働者は、正社員としてこの特権を行使しない手はありません。もう一度【図1】をご覧下さい。20歳~45歳時の300万円から70歳以降の300万円に向かって矢印が伸びています。これは20歳~45歳の間の正社員としての年収が、自動的に70歳以降の厚生年金額に反映される様を表しています。私たちは自分で年金の積み立てを行う必要はなく、国が給料の天引き分と事業主の拠出分を合わせて年金の積み立てを行ってくれるのです。
経済的条件に恵まれない一般ピープルがFIREを実現するには、厚生年金の仕組みを知り、そして使い倒すことが必要です。
【ラ】一部相続人への遺産分割の非通知について
相続が発生したときに関係が疎遠な相続人(例えばAさん)がいたりすると、Aさんには相続発生の事実を知らせず内々で遺産分割の手続きを進めようとなりがちです。では、最後までAさんに隠し通すことは可能なのでしょうか。また問題はないのでしょうか。以下で、ケース別に確認してみたいと思います。
まず、遺言がないケースです。遺言がない場合、預金の名義変更や不動産の相続登記等の手続きに遺産分割協議書の提出を求められますが、同協議書には相続人全員の直筆の署名と実印の押印が必要です。そのため、一部の相続人に内緒で遺産分割手続きを進めることは不可能です。
次に、公正証書遺言以外の遺言(自筆証書遺言や秘密証書遺言)があるケースです。この場合、遺言書の開封前に家庭裁判所による遺言書の検認(※1)を受ける必要があります。検認に先立って、家裁は相続人全員に宛てて「検認期日」の連絡を入れます。一部相続人に内緒にしようと思っても、ここでバレてしまいます。
最後に、公正証書遺言があるケースです。この場合、遺言に遺言執行者(※2)の記載がある場合と、ない場合に分かれます。遺言執行者の記載がある場合、民法第1007条2項の規定により、遺言執行者は就職後にその旨を全ての相続人に通知することが義務付けられています。そして、ここでいう通知義務は就職の事実を知らせるだけでは不十分で、遺言書の内容まで知らせるべきと考えられています。従って、このケースでも、一部相続人に内緒にすることはできません。
では、公正証書遺言に遺言執行者の記載をしなければ、一部相続人に内緒で遺産分割手続きを進めることができるのでしょうか。残念ながら、それも難しそうです。遺言執行者の記載のない遺言の場合、金融機関によっては名義変更の手続きに応じないところがあるようです。また、通知されなかった相続人から、遺留分侵害額請求を提訴される可能性もあります。従って、後々のトラブルを回避するためにも、相続人全員に公平に遺産分割の内容を通知することが望ましいと思われます。
(※1)検認:相続人に対し遺言の存在とその内容を知らせるとともに、遺言の形状、加除訂正の状態、署名など検認の日現在における遺言書の内容を明確にして、遺言書の偽造・変造を防止するための手続き。尚、遺言の有効・無効を判断するものではないので注意が必要。
(※2)遺言執行者:遺言の内容を正確に実現させるために必要な手続きを行う人のこと。遺言執行者は各相続人の代表として、遺言の内容を実現するため様々な手続きを行う権限を有している。